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ego

〈エゴ、自分勝手になぐり書き/追記・改稿あり〉

260112
ポエケットで購った柴田千晶氏の薄いzineがとても良かったので、感想を書きたい。
おそらくは手作り、プリンターで出力したのだろうと思う。それもまた良し。

251216
他の作家の詩集を読み→ 感じたことを詩にした→ Xで投稿→ 各作家から返信や拡散
作品が「かたち」を変えて循環した(251121で書いた)といえる 小さな実践

251212
現代詩というと「半分意味がわからないけど言葉がマシンガンみたいに羅列したポップな何か(それとて現代風のダダイズムにすぎないのだが)」みたいに思われているのではないか 
正しくは現代詩とは今書かれるすべての詩である 詩を作ってそれを「現代詩です」と言ったり「私は現代詩の作家です」と名乗るのは「腹痛が痛い」と同じ不格好な重複表現だろう

251211
ナンセンスな詩について
「あとには何も残らない、言語の消尽──詩的実践、それは言語の固有のシステムにたいする、『言語そのものによる武装蜂起』(ボードリヤール)であって、そこでは意味と価値の世界は絶滅するほかない。」/『誘惑論序説』ボードリヤール、塚原史・訳 p138訳者後記

251121
このサイトのデザインを新しくした 管理も楽 トップページに全部表示される
ゲストはクリック不要、スクロールして何か目にとまれば、詩を読んでくれるだろう
こういう小細工や画策をするのは吐き気がする
でも一人でも多くの人へ届けたい、そうしないと作品が完成しない
鑑賞者ごとに作品は生まれなおす 作品は作者の手を離れ、世界の中で〈かたち〉を得る

さらには作者は鑑賞者や鑑賞の仕方や評価を選べない(選ぶべきでない)
なんにしても自分の作品が世界を渡り歩き、いつの日か様々な〈かたち〉となって私のもとに還ってきたら、それは楽しく愉快なことだろう

251120
「詩を読む人、詩集を買う人が少ない」「詩を読んでるのは詩人だけ」と耳にする
詩人同士で献本も多いようだ べつにそれでいい 市場である必要もない
SNSを見渡せば、詩のような呟きや短い言葉がたくさん落ちている
でも詩を意識していない それでいい 詩はそこここにある
一方で、詩人や絵描きなのに、詩や絵をSNSに流さない人のなんと多いことか
写真とか宣伝とか情報とか、まったくお呼びでない(私にとっては)
しかし私とて告知を行う なぜか?──理由は251121に書いた

251119
「お互い」ってなんだ? 自分のことも相手のことも分からないまま・宙に浮いたまま、何か目に見えない適当なものを投げたり受け取っている・そうしているつもりでいる
「お互い」と言い合って、同じ平面上にぽんと置いて・置かれて、あなたも私もそれでいいのか

251118
matajiさんの詩が良い サイトのデザインも良い たとえばタコの詩(2025.11.16)「タコは捕獲する」の連打、意味はわからなくても文字の佇まいや語感に惹かれるものがある
良い詩には、文字を読み意味を拾いながら紙面や字面といった景色を眺める、そのバランスの妙がある バランスとは、かなと漢字、行替えと余白、字体、紙質など
一方で饕餮文とうてつもんのようなヘビーで美しい詩面もある 榎本櫻湖さんの詩だ 読めない漢字も多いけれど、それを越えて迫ってくる波濤が心地よい